万田駅のあちこち
万田駅ホーム
通勤ホーム跡(2014年再撮影)
2015年3月1日公開
Manda-Station

 ひさしくヤブ茫々となって、姿かたちが判別できなくなっていた万田駅ホームでしたが、平成21(2009)年早々に樹木などが取り払われた(ただしこの時にホームの一部も取り壊された模様)との一報があり、以後、ユネスコ世界遺産推薦リストに鉄道敷(早鐘踏切跡〜三池港間)が加わるなどの動きもあって、廃線跡の草むしりなどが行なわれ、かなり辿りやすく整備されたとも聞いたので、久しぶりに万田駅ホームを確認に行きました。
 廃線跡は要所々々に大牟田市による解説碑が建てられましたが、万田駅ホームは「旧万田駅」という解説がされていました。


(2014年11月万田)姿を現した万田駅ホーム。北側から望むと、遠くに万田第二坑のヤグラが見えます。


(2014年11月万田)解説文より「旧三池炭鉱専用鉄道が通勤電車として運転されていた頃に利用された駅で、通勤電車の終点でした(反対側の終点は三池港駅です)。この駅は、周囲が田んぼや民家を見渡すことのできる土手状の鉄道敷部分のため、駅に向かう急な階段があります。二つ先の原万田駅(熊本県荒尾市万田小学校北側)からは玉名支線が延びており、「平井駅」が終点でした。昭和59(1984)年に運行終了した通勤電車の駅は、最後は全部で8駅あり、炭鉱マンや市民の足として親しまれた」


(2014年11月万田)写真部分をアップ。1号電車の写真は三池港駅へ向かう列車となる。
 右は万田乗降所の時刻表。万田乗降所という名称や、三池港方面を上りとしていた(路線図としては三池港方面は下り)ことが分かる。なお、時刻は昭和52年10月1日改正とあり、平日ダイヤと社休日ダイヤがあった。


(2014年11月万田)ホームの北側。島式ホームだが、乗降ホームは左側で、右側は電車の機廻線が通った。


(2014年11月万田)南側。いつのまにか階段の鉄柵が失われている。


(2014年11月万田)ホーム上には白線が残っていた。


(2014年11月万田)ホーム上から宮浦方向を望むと、宮原第二坑のヤグラが見える。左側の線路敷は三池本線のものだが、機廻線の先は本線に復することはなく、ホームの先で線路止めされていた。


(2014年11月万田)ホーム上から万田方向。配線上は本線上のホームではなく、万田駅からの引込線のようなかたちで分岐していた。


(2014年11月万田)築堤上のホームを結ぶ階段はかなり急。


(2014年11月万田)残念ながら、産業遺産推薦リスト入りする以前にホームの一部が取り壊された。


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